靴底を擦って歩く人が嫌い。その歩き方のせいで姿勢がいい人もスタイルがいい人もいない

たまに、ズッズッズッと靴を鳴らして歩く人がいる。足を引きずるように歩く人だ。靴底と地面が擦れて音が鳴っているのだ。

靴底を擦って歩く人。僕は嫌いである。

例えば、好きな女性のタイプは?と聞かれると(聞かれないけど)パッと思い浮かばないが、嫌いなタイプは?と言われると靴底を擦って歩く女性と答えるだろう。

音が不快なわけでもなくて、単純にその歩き方がだらしなく見えるから嫌いなのである。

そこには育ちや頭の良し悪しや、外見までもが集約されていると思ってしまうのだ。

 

靴底を擦って歩く人の頭の中

自分が歩いている時に音を出していて気がつかないのかなと思う。自分だけが音を出して歩いていて、他の周りの人が出していないことに気がつかないのだろうか。音が迷惑ってわけでもないけど、そいういうことに気がつかないのだろうかと思ってしまう。

極端に減った自分の靴の踵を見て、今まで何も思ったことがないのだろうか。靴のサイズだったり歩き方に原因があるなとか考えたことはないのだろうか。

というわけで僕は、靴底を擦って歩く人は客観的な視点がない上に自己改善ができない人だと思ってしまうのだ。

 

靴底を擦って歩く人で姿勢のいい人はいない

僕の人生経験上、靴底を擦って歩く人にはちょっと癖のある人物が多い。明るく快活で素直な人、というのはいない。やっぱり、のそっとしていてだらしないイメージのある人ばかりだ。

まあこれは偏見だとは思うけど、一つ言えるのは靴底を擦って歩く人で姿勢のいい人はいないし、だからこそスタイルがいい人もいない。つまり、美しくない。

なぜかというと靴底を擦って歩く歩き方は不自然な歩き方だからだ。不自然な歩き方が形作る人間の体というのは不自然である。変なところに筋肉がついたり、あるべきところの筋肉がなかったりするのだ。

ちゃんと踵から着地して体重移動して母子球で足を蹴り上げるような正しい歩き方をしていれば自然と美しい体になる。そのための筋肉がついていくからだ。

自然と姿勢も良くなるしスタイルは良くなるはずなのだ。

 

おわり

何を隠そう僕も昔は靴底を擦って歩いていた。原因は靴のサイズだったり歩き方だったり。不自然に減った靴底を見て直したという経緯がある。意識すればすぐに治せることなのだ。

僕は靴底を擦って歩く人は嫌いだが、日本にはすり足文化というものもある。だから一概には言えないところがあるのだけど、洋服を着て革靴やスニーカーを履いて歩くなら、靴底を引きずらず、颯爽と歩いてほしいものである。

 

 

たまたま聴いたラジオ番組のコーナーに感じた、周りへの過剰な配慮

仕事で長時間の車移動中、どこの局だかもわからないラジオの番組を聴いていた。喋りが板についたラジオパーソナリティがやっているようなタイプではなく、旬の若手ミュージシャンとかがやっているようなゆるいタイプの番組だ。

何の気なしに聞き流していたのだが、ちょっとだけ違和感があった。その違和感についてあれこれ考えていると、過剰な配慮や自主規制に行き着いた。

 

ラジオではコーナーのネタをリスナーに募集していた。ネタの指定は最後に「ドラマかよっ!」と突っ込んで着地する上の句のボケを考えるというもの。

その日に募集してその日の番組後半に読み上げるような、結構ライトなお笑いのコーナーだ。募集する際にまず例題があった。

先生「出欠を取りまーす!船越くん。…船越くん!あれ?船越くんは?」

生徒「崖の上です」

 

「ドラマかよっ!」

うろ覚えだけどこんな感じ。「あーいいですねーこんな感じでネタ募集します!」というふうに明るい声で呼びかけるラジオパーソナリティ

 

まあ笑えるものではないけど(文字にすると特に)、うまいというか綺麗に収まっている感じである。しかし、僕にはちょっと違和感があった。その違和感は何か?

ツッコミワードだ。ツッコミワードに違和感があるのだ。船越、崖の上、とくると「ドラマかよっ!」ではちょっと弱い。少なくとも「2時間ドラマかよっ!」にしてほしいなと思ったのだ。

「ドラマかよっ!」というツッコミを呼び込むボケの例題としてはちょっとしっくりこないなという違和感だった。

 

そこで、僕も例題となるようなボケはないかなと考えてみたのだが、そもそも「ドラマかよっ!」という指定が広すぎてボケが思いつかないことに気がついた。どうやらこのツッコミワードに問題があるのだ。

(一応断っておくと、僕はラジオにネタを投稿したこともないし、テレビで大喜利を見ていても自分でボケを考えるタイプでもない。単に移動中で、それほど退屈だったというだけだ)

ドラマをもうちょっと狭めて、具体的に「2時間ドラマかよっ!」とか、「月9かよっ!」とか「昼ドラかよっ!」くらいにしてくれれば思いつきそうなものなのに。

 

なぜこのラジオのコーナーでは「ドラマかよっ!」というツッコミだったのか。僕はこれは過剰な配慮なのではないかと考えた。

例えば「月9かよっ!」にしてしまうと特定の俳優とかが思い浮かんだりする。昼ドラであれば数少ないテレビ局しかやっていないから具体的にテレビ局が思い浮かぶ。2時間ドラマもそうだ。ドラマよりもう一歩踏み込んで〇〇ドラマにしてしまうと具体的な俳優とかテレビ局等々が思い浮かんでしまう。

で、「月9かよっ!」で募集したとすると、月9を軽く貶すようなネタが来る可能性がある。あるあるネタが多そうだけど、あるあるっていい意味の共感もあるけど、毒づく共感が笑いをそそるものもある。

そんなネタが集まったとしてそれを放送すると、スポンサー的に色々面倒なことが起こるかもしれない。じゃあやんわりと「ドラマかよっ!」にしておこう。

このようにラジオのスタッフは考えたのではないだろうか?

だとするとこれは過剰な配慮である。「こういうことが起こっちゃうかもしれないかな?一応やめておこう」的な。面倒は避けたいのが当たり前のことではあるが、このような周りへの過剰な配慮、ひいては自主規制が面白さを奪っていくのだ。

 

 おわり

難癖も難癖、誇大妄想甚だしいが、僕はこんなことを思いながら運転中の暇な時間を潰していた。最近僕の頭の中に「空気を読む」とか「忖度」とかが巡っているからこんなことを考えてしまったような気がする。

このコーナーにどんなネタが集まるのかは興味があったけど、仕事中だったのでラジオは例題までしか聞けなかった。