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【クレイジージャーニー】地球上で最も過酷と言われる「アドベンチャーレース」は、まるで神様の遊びみたいなレースだった

テレビ、ラジオ

地球上で最も過酷なレースといえばどんなものがあるだろう。レースといえば真っ先に思い浮かぶフルマラソンとかアイアンマンレースなんてものは過酷ではあるけれど、最も過酷かと言われればそうではないという答えになる。

今回の『クレイジージャーニー』では地球上で最も過酷なレースと言われている「アドベンチャーレース」というものを2週にわたって放送していた。

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アドベンチャーレース(ワールドチャンピオンシップ2016)

そもそもアドベンチャーレースというのはなんなのか。日本国内にもあるらしいのだが、今回の『クレイジージャーニー』ではオーストラリアで行われたワールドチャンピオンシップ2016に参加する田中正人という人を密着。

 

アドベンチャーレースとは山、川、海といった自然の上に設定されたコースを相手に、自身の足やマウンテンバイクやカヤックを使ってゴールを目指すというもの。コース上には様々な場所にチェックポイントがあり、全てのチェックをクリアした上でゴールを目指すのだ。基本項目として「トレッキング、カヤック、マウンテンバイク、洞窟探索」があるのだとか。

そのレースの走行距離は600kmという信じられない距離である。これに4人1組(男女混成)で挑む。完走するだけで大変なレースである。開催地とコースは毎回変わり、レース直前までコースは明かされない。

今大会のコースはレースが始まる3時間前まで公開されなかった。なんか少年漫画の設定みたいな感じがある。

自然相手の大冒険となるアドベンチャーレースのコースは、過去には参加50チーム中49チームがリタイヤしたという大会もあったのだとか。

 

田中が語るアドベンチャーレースの魅力とは「思うようにいかないこと」であるという。アドベンチャーレースは「対自然、対人間、対自分」に真摯に向き合うスポーツなのだ。

 

想像を絶する過酷さ

アドベンチャーレースはチームで自然を攻略し、どのチームよりも先にゴールを目指すレースだ。なんかちょっとワクワクしてくる感じもある。しかしこれが想像を絶する過酷さだった。

川を歩いて進んだり、岩場を自転車で行ったり、夜でも休まず進んだり。途中自転車から転げ落ちて一時喋れないほどの負傷をしたり、気がついたらヒルに血を吸われていたりと、思いもよらないアクシデントに見舞われる、サバイバルな過酷すぎるレースだった。

田中のチームはスタートから48時間ぶっ通しで進み、その間の休息は3時間の仮眠のみ。結局62時間で3時間しか寝ずに進んでいく。こうなってくると消耗しきって肉体も精神も極限状態に陥る。ここからがアドベンチャーレースの過酷たる所以だ。チームであるからこそ、各々の意見の食い違いも生まれる。

極限状況で「寝るか寝ないか」という意見の食い違いが出る。62時間で3時間しか寝てないって、寝なきゃ死ぬだろって思ってしまうが、この状況で下されたリーダー田中の判断はたった1時間半の仮眠だった。完走も目的だが、順位を競っているので先に進みたいのだ。その判断は究極の選択を迫られる。

 

小池「神様の遊びみたい」設楽「悟空とかが出るレース」

アドベンチャーレースについてスタジオで見守る小池栄子は「神様の遊びみたい」と言い、設楽統は「悟空とかが出るレース」との感想。僕も全くその通りだなと思った。

自然を相手取るこんな過酷なレースも、コースを考えた人間がいるわけである。主催者側だ。主催者側は大自然に人間を放り込んでいるわけである。

主催者はレースを経験している人だったりするらしいが、大きな大会の運営となってくると、金があったり、権力があったり、コネがある人が多いのだという。いや本当に少年漫画の世界観のようになってきた。少年漫画でよくあるような、表に出ない闇の権力が、人間を使って遊んでいるという構図が連想される。

とあるアドベンチャーレースでのコースは運営側が現地視察していないのにも拘わらすコースに組み込まれたポイントがあったらしい。そこは7割くらい水の中であるのにトレッキングセクションとして設定された場所だ。なんとそこには野生のジャガーがいるのだとか。

この大会が先に記した参加50チーム中49チームがリタイヤした大会である。参加者から主催側へのクレームが通り、そのポイントを除外してレースになったんだとか。

自然を相手取るレースでもあるけど、そこに肉食の野生のジャガーが参戦してくるともはやバトルである。設楽のいうように「悟空とかが出るレース」である。

 

おわり

アドベンチャーレースはまるで少年漫画が現実化したようなスポーツである。こんなスポーツがあったなんて全く知らなかった。フィクションの世界に近いような印象を受けた。テレビの企画としてもありそうだが、スポーツとして存在しているというのが驚きだ。

過酷さは劣るのかもしれないが国内のレースもあるようなので、またクレイジージャーニーで取り上げて欲しいなと思った。

 

冨樫義博『HUNTER×HUNTER』1〜33巻一気読み。ネタバレなしの感想文

漫画

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18年にも渡る物語を一気に読んだ。18年というのは『HUNTER×HUNTER』の第1巻が発刊されてから最新刊の33巻が発刊されてるまでの期間である。なかなか読む手を止められず睡眠時間が削られる日々を過ごした。ここでは、一気読みして2日ほど経った今の雑感を記しておこうと思う。

ネタバレはあんまりしていないつもりなので、『HUNTER×HUNTER』を読んだことがなくて興味がある人にも読んでもらえれば嬉しい。

 

ゴン、クラピカ、レオリオ、そしてキルア

まず仲間との出会いがある。主人公ゴンは野生児。天真爛漫な典型的な主人公タイプだ。クラピカは冷静沈着で知的な職人気質なタイプ。しかし自分の目的になると感情的になってしまうという人間味も持っている。レオリオは盛り上げ役だ。能力はもっとも劣っているような気がするが、仲間想いで、人としての力や人格で乗り切っていくタイプ。今後レオリオが効いてくるエピソードが必ずあるはずだ。

そして最後にキルアである。主人公のゴンと同い年で、いいライバル関係にある。殺し屋稼業の冷徹なキルアは、『幽☆遊☆白書』を読んていた僕にとっては見た目からも真っ先に飛影を連想させる。というかゴン→幽助、クラピカ→蔵馬、レオリオ→桑原というふうに見てしまうのが普通だろう。

 

キルアの成長物語

しかし、『幽白』の飛影と違ってキルアは『HUNTER×HUNTER』において、ほとんど主人公のような扱いなのである。「『HUNTER×HUNTER』とはキルアの成長物語である」といっても過言ではないのだ。

主人公のゴンはわりと最初から変わっていない。天然素材という感じで、最初から答えを持っているようなところがある。いい意味で成長はしていない。最初からハンターとしての資質を持っているのだ。

しかしキルアは違う。殺し屋稼業で半ば洗脳されて12歳まで育ってきた。それがゴンと出会うことによって大きく変わる。友達、仲間と呼べる存在に出会ったことで変わっていく。そこには葛藤もあり、悩み苦しむキルアだが、その壁をすべて乗り越えて成長していく。立派に成長していくのだ。多分『H×H』ではゴンよりもキルアの心の機微の方が多く描かれているんじゃないだろうか。

キルアの成長が『H×H』の醍醐味の一つと言える。

 

強さのインフレとの戦い

『H×H』は基本的には少年漫画の王道のバトル漫画である。敵を倒し、主人公たちが成長するとまた新たな強い敵が出てくる、といった構図。強さがどんどん上書きされていくのだ。こうなると、どのバトル系の漫画でもそうなのだが”強さのインフレ”との戦いとなる。

「あれだけ強かったあいつがすんなりやられちゃうの?」という演出がバトル漫画においてはゾクゾクする展開を生む必須条件となるが、同時に、それまでの過去の物語の存在が薄まってしまって作品から心が離れてしまうきっかけにもなりかねない。

そこへ『H×H』では「念能力」という概念を導入し、ジャンケンのような形で能力同士の相性を作っていって「この分野は強いけど、この分野は弱い」といった感じで強さの幅をもたせている。これはうまいなと思った。純粋な肉弾戦のバトルの強さに能力バトルの要素を足したのだ。

しかし、結構早い段階で”コピーした能力はなんでも使える”というラスボス感のあるキャラクターが出てきてしまう。この能力の登場はちょっと早すぎるんじゃないかと思った。もうなんでもありになってしまうからだ。ドラゴンボールでいうと魔人ブウとかそんな感じである。魔人ブウといえば『ドラゴンボールZ』では物語の最後の敵である。

ただ、このラスボス感満載のこのキャラクターをうまい具合に物語から退場させ、また物語の先の可能性としてうまく残している。この辺りの話の流れの作り方が上手い。

 

強さのインフレ対策としてもう一つ、枠組みを変えるというところがある。闘技場があったり、ゲームの中に入り込んでいったり、はたまた人間以外を相手にしたり。舞台を変えるのだ。

枠組みが変わることによって「このルールでは勝てたけど、本気でやったら負けていた」というような状況が生まれる。

これによって強いキャラがその魅力を損なうことなく負けたりするが、さらに物語が進むということが起こっている。これは結構画期的なことなんじゃないだろうか。序盤に出てくる好きなキャラが物語上の強さのインフレによって、弱くなってしまうということがないし、それに違和感がない。

 

キメラアント編とかいう批評性のある作品

昨今、「日本のお笑いは批評性がない」というのが話題になっているが、『H×H』は、特にキメラアント編は批評性のある作品である。単に面白いというだけでなく、色々と考えることになる深い内容だ。

キメラアント編の舞台は自給自足を掲げ、外国との関わりはほとんど行っていないという国。そこでは「自然と共に生きる」を世間体として裏ではドラッグを作り金を儲けている。なんとなく、アヘンを製造して生活しているアジアのどこかの国を彷彿とさせる。他でも、宗教で洗脳し、純粋な信者からお金を巻き上げている宗教家の皮肉とも読めたりするところがあったりする。

そんな閉鎖された国に純粋な力が降ってくるのだが、そこは大義名分を隠れ蓑に悪いことをやっている人間ばかりなので、その純粋な力は悪の方に傾く。中には正義もいるのだが、悪の方が多いというところがポイントだ。悪だから敵になるし、元は人間だったものが相手になっている。

ものすごい緊張感を持って進んだキメラアント編のエンディングも、かなり皮肉が効いている。人間社会のことを思わずにはいられないような、心に訴えかけてくるものが詰まったエンディングなのだ。本当の悪とはなんなのか、そもそも存在するのか、色々と考えることになる。

決して勧善懲悪の世界ではないのだ。これがバトル漫画の金字塔である『ドラゴンボールZ』とは一線を画すところだと思う。これが少年漫画で読めるって、すごい。

 

おわり

HUNTER×HUNTER』はやはり名作だった。冨樫義博が続きを書かず、なかなか物語が進まないという噂が有名だったから完結してから読むつもりだったが、ついに手を出してしまった。

冨樫氏が遅筆な理由は仕事をせずにゲームに興じているからなんて噂がネットではあったりする。というわけで、一気読みで一冊数十分で読み続けてきたペースが、今後は次の1冊まで年単位で待たなければならなくなる。

それでも「まあこんだけ面白いんだから仕方ない。黙って待つか」と思えるほど面白い作品である。

 

 

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