休日にやることがなくて飲んだくれたけど、いつもの二日酔いが来なくてよかった日記

昨日は休みで何もすることがなかったため、家で一人でずっと酒を飲んでしまった。2缶で終わらせて本でも読もうかなと思っていたのに、結局冷蔵庫にあった8缶のビールを全て飲み干してしまった。

止まらなくなり、かなり酔ってしまったので、本など読んでいない。ハードディスクに溜まっているテレビ番組を見たり、リーガの開幕戦を見たりしているうちに1日が終わってしまった。

 

酒が止まらなくなる問題

このブログでも何度か書いていると思うけど、酒というのは本当にやめられなくなる。酔っ払った心地よさで、次々と飲んでしまうのだ。

もはや酒の味を求めて飲んでいるわけではない。「酔っ払っている」という心地いい状態を維持するためだけに飲んでいるのだ。もう中毒である。

結局美味しいのは一杯目、もっというと一口目だ。舌が敏感な時に飲むビールは本当にうまい。それ以降は麻痺していって、まあ美味しいことは美味しけど一口目を超えることはない。空けるまで食べ続けてしまうスナック菓子なんかと一緒の感覚だ。やめられない止まらない。

 

いつもの二日酔いが来なかった理由

飲んだくれて潰してしまった休日でも一つだけいいことがあった。それは二日酔いしなかったことだ。

僕はいつも、まあ4〜5杯以上飲むと二日酔いになってしまう。ひどくはなくても軽い頭痛とだるさが残る。それほど酒が強い方ではないのだと思う。だけど、8杯飲んだ昨日の今日、二日酔いしなかった。

理由としてはチェイサーをちゃんと用意したことと、酒のちゃんぽんをしなかったからだと思う。

 

昨日コンビニに行った時、たまたま何かの当たりくじで午後の紅茶の無糖が当たった。その時は飲む気分じゃなかったからなんとなく机に置いたままにしていたが、酒を飲んで酔っ払い始めてた時に目に入り、ちょうどいいやと思い飲んでいた。立派なチェイサーである。

いつも用意しなきゃと思ってはいるがなかなかチェイサーは飲まない。酒を飲み始めると忘れてしまうのだ。そして二日酔いの後悔が待っている。全く、何度繰り返してるんだこんなこと、とか思いながら。

そこに、机に見慣れないペットボトル飲料が置いてあったというのはよかった。目に入り、ああ、水分補給もしなきゃなという考えになったのだ。酒の利尿作用でトイレに行きまくっていたけど、ちゃんと水分を補給していたということはよかったと思う。

 

僕は大体家で飲むときはビールで始まりハイボールで終わる。ビールの炭酸でお腹がパンパンになってきたらハイボールへという流れだ。

しかし昨日はウイスキーを切らしていたため、ビールのみだった。これが二日酔いにならなかった理由だと思う。酒というのはちゃんぽんをしたらいけないらしい。ちゃんぽんとはつまり、種類の違うお酒を飲んではいけないということだ。

ビールならビール、焼酎なら焼酎、その日は1種類にのお酒に限定したほうがいいらしいのだ。まあこれは諸説あるらしいが、アルコール度数が変わるお酒を飲んでいると、高いものから低いものへ行った時には物足りなさで飲むペースが急に上がってしまったりするからよくないらしいのだ。

僕はそんなこと御構い無しにこれまで飲んでいたから二日酔いになっていたのかもしれない。

他にはいい酒を飲むと次の日残らないなんてこともあるらしい。昨日僕が飲んだのは第三のビールとかじゃなくちゃんとしたビールだったということも関係しているのかもしれない。

 

ドライブスルー葬儀場が登場するという衝撃。超高齢化社会とはこういうことか。

8月13日放送の『ワイドナショー』で初めて知って驚いたことがある。ドライブスルー葬儀という新しいシステムが導入されるのだというのだ。にわかに信じがたいこの葬儀、2017年内に登場する予定なのだとか。

 

ドライブスルー葬儀とは

言葉のインパクトが強すぎてどこか思考停止してしまうところがあるのだけど、ドライブスルー葬儀とは一体どういうものなのか?

このシステムが導入されるのは長野県上田市にオープン予定の葬儀場「上田愛南昇殿」というところらしい。

headlines.yahoo.co.jp

ドライブスルーの名でイメージする通り、ドライブスルーで、つまり車から降りることなく車内の窓から葬儀に参列できるというシステムらしい。

ドライブスルー葬儀の流れはファストフードでイメージするドライブスルーのシステムとほぼ同じだ。通常の葬儀が進行する中、車専用の参列口も別に設けられていて、そこから葬儀に参列する。タッチパネルで受付を行ったのち、車の窓から手を伸ばし焼香ボタンを押す。すると遺影のそばにある花の電灯が光る。この一連の参列の模様が、遺影の横に設置されたスクリーンに映し出されるというシステムだ。

 

一体誰が使うのか

このシステムの狙いとしては、車椅子で生活しているお年寄りなど「人の世話になるから葬儀に行けない」という人たちも参列できるというようにとのことらしい。加えて、健康な人でも、喪服に着替える時間がない場合、平服でも顔だけは出したいという人も多くいるようで、そういった人にも需要があるのだとか。

「そんなことしていいの?」と思ってしまうような簡素で味気ないシステムだけど、一人でも多くの人に参列してもらうということを重要視しているようだ。

 

この背景には超高齢化社会

日本は超高齢化社会であるらしい。僕がもう高校生くらいの頃から未来はそうなると言われてきた。もう、うるさいくらいに。でいて、若者としては「んなもん知るか」で暮らしてきた。でも、中年の今はそれもリアルに感じる。

周りの友人は自分含めて結婚していない人は多いし、結婚している人でも子供が少ない人も多い。何人も育てるほど収入がないからだ。共働きの時代で子育ては本当に大変らしい。

たまに病院に行ったりすると高齢化社会をまざまざと見せつけられる。自分が普段行く場所に老人がいないだけで、やはり日本人の4人に1人は高齢者という社会なのだ。

ドライブスルー葬儀について『ワイドナショー』のコメンテーターとして出演していた堀潤

こういう当たり前のようにあった伝統行事でさえも維持できなくなってるんだっていう厳しい現実はやっぱり受け止めなければならないんじゃないかなって思います

と言っていて、その通りだなと思った。こんな風にして高齢化社会が僕たちの生活に入り込んでくるのだと思う。最初はネタかと思ってしまったドライブスルー葬儀はこの日本社会の問題とも繋がっているのだ。高齢化社会で生まれる新ビジネスはこれからもたくさん出てくるのだろう。